10/02/2015

ありあまる優しさを示すにはどうすればいいか考えてみた。

結論からいうと

究極の優しさは世界を救える。


という理論から
ぼくはない知恵しぼって考えます。
優しさは世界を救う。
ぼくはそう思うのです。

世界は混沌としています。


ニュースでは日々、戦争や災害
事件や不景気、小さな悲しみから
大きな悲劇まであふれています。

それらは悲しみという形で
僕たちの感情に訴えかけます。
それなのに僕たちは
この世界をまだ救えないでいる。

ぼくは思う
究極の優しさなら世界を救える。
でも、人類は、ぼくは、
そのやさしさの形がなんなのか
まだ、知らない。
優しさを発揮する勇気を知らない。

だから世界はまだ
ありあまるような優しさを知らない。


ぼくは思う。
現実に体現できるまで
考えて考えて、示すことができれば
世界は変わるんじゃないだろうか?

優しさとは何か?
思いやりとは何か?

ぼくはそれは一人一人
そして、一瞬一瞬で変化する
一つの形には留まり得ないものだと

思う。

世界は変化するので
優しさも変化する必要がある。

ではどうするか、それでも
優しさが世界を救うと信じるとすれば

やっぱり
ありあまるような無限の優しさだ。

無限の優しさ、つまり無償の優しさだ。

僕たちは自分の命を投げ打ってまで
人類を救う覚悟はない。

共に生きることは共に死ぬこと。


タイミングは違えど
同じ地球に暮らしている以上
僕たちは同じ自然界のルールに
従って生きている。

僕たちはまだ、どこの誰ともわからない
世界の人類と、共に死ぬ覚悟はできていない。

だからこそ歩み寄り
理解しようとすることが
とても尊い優しさなんだ。

ありあまる優しさを示すことは
ぼくはまだできない。
そんな風に思う。
だからこそ。

ポイント


①優しさは世界を救える。


②世界はまだ優しさを知らない。


③共に生きることは共に死ぬこと

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